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    夕焼けの飛行機
 空が赤くなってきた。利根川の川幅はとてつもなく広く、水の流れは中央に僅か。 両岸は広い草地。その一角でUコンの飛行機を飛ばしている人がいる。飛行機は高くそして低く、 夕暮れのせまった空を飛んでいる。僕は土手に自転車を止め、もう何時間もそんな風景を眺めている。 空は少しずつ赤くなり、今はもう真っ赤になっている。もうじき暗くなる。ここに座るのも最後だな、 本当のお別れだ。

 この河原には水遊びや釣りに自転車で何度も遊びにきていた。でも明日からは遠方の地に就職する。 こうしていられるのも今日が最後だ。だから思いきって渡したのさ------

 中学生の時、科学部に席を置き、エンジンやラジオの組み立てに夢中になっていた。 学校の展示会には模型飛行機、鉄道模型や、電動の工作等、自宅で作った物を持ち込み展示していた。 運動会の仮装行列大会では、ダンボールでロボットを作り、それを友達に着せ、僕が無線機を持ち行進し、 優勝したりで毎日が忙しかった。
 中学校の別のクラスの女子で、「気になる子」がいた。色白でぽっちゃりして、大きな目の控えめな子だった。 と言ってもクラスが別なので、転校生の僕は話をしたことがない。でも、きっと、とても優しく、親切な、 良い子であることは直感的に感じとっていた。
 中学の卒業記念行事があり、その時に僕はブラスバンドをやっていた。曲目は行進曲が多く、 士官候補生や、星条旗や永遠なれ、ボギー大佐などを得意としていた。バンドの演奏が終わった後に、 女子のピアノ連弾が行われた。その時、例の「気になる子」がトルコ行進曲を上手に演奏した。彼女、 ピアノ弾けるんだ。その時に名前が「克子」ということを初めて知った。

 中学卒業後、僕は工業高校へ、彼女は女子高校へ進学した。町の駅から隣の市の駅までの通学が始まった。 だからよく彼女の姿を見掛けていた。今日も元気に通ってるな、っと。時に、暫く会わない時もあったが、 「どうしたんだろう」とは思っても、声をかけることはなかった。
 朝、僕がホームに立っていると、僕の前を通る女の子達が、僕に「おはようございます」と挨拶していく。 賑やかに通り過ぎるグループは、中学の時、同じクラスだったので、高校生になってもスキー、 スケートやクリスマスパーテーをやる仲間だ。通学女子の集団の中に、別のクラスだった彼女もいる。 彼女とは言葉を交わしたことがない。目と目が合っても黙って通りすぎて行くだけの仲だ。
 高校卒業の3ヶ月前、僕はある決心をした。駅のホームで彼女が僕の前を通ったら、 「僕から挨拶してみよう」そう決めて実効した。最初の日、彼女は一瞬ビックリした様な顔をしたが、 すぐ笑顔で「おはようございます」と返事をしてくれた。

 次の日も、そして次の日も、ほとんど同時に笑顔で挨拶を交わすようになった。時々帰りの電車も同じ になり、大きな目でにっこりと挨拶を交わす日々が過ぎた。卒業まで何日もない。このままでは、 それっきりになりそうだ。
 通学も1週間を残すのみとなった。僕は行動することにした。卒業したら遠方の会社に就職する事など、 他愛も無いことを書いた紙切れを渡すことにしたのだ。毎日それをカバンにいれ、人気のない、 帰り道で一緒になるチャンスを待っていた。あと3日で卒業という日の午後、駅を降りた時、 彼女が前を歩いているのを見つけた。
 僕は足早に、彼女に追いつくと「あのーこれ」と言って彼女のカバンに紙片を入れた。 彼女は振り向き、吸い込むような大きな目で僕を見つめ「今度、一緒に教会に行ましょう。」と言った。 僕は立ち止まるつもりはなかったので、返事をする間もなくそのまま通りすぎてしまった。 それはほんの一瞬だった。
 僕は早足しで歩き続けたまま考えていた。彼女クリスチャンだったのか!、僕は技術屋志望で、物理的に、 理論的に物事を考えるたちだ。神様とかキリスト教とかを信じることは不得手だ、どうしよう。

 それでも、その日のうちにキリスト教の本や聖書を買い込んだ。そして受験勉強さながらに読んだ。 答えを出すまで彼女に会いたくなかった。だから、電車はやめて3日間は自転車で通学した。
 入門書をはじめ、聖書も全部とは言わないが、かなり読んだ。彼女を理解しようと思った。でも、 僕には素直に受け入れられなかった。僕は技術屋だ、こんな考えで彼女の側にいられるだろうか? 就職までに結論を出さねば。そう思ってここに来た。薄暗くなってきた。飛行機を飛ばしていた人は、 いつの間にかいなくなっていた。このまま就職する地に向かおう。そう決めて立ち上がった。

 それから数年して妹から、ラジオで放送したキリスト教番組の最後に「私を探している人がいる」と連絡がきたがそのままにした。


 模型飛行機を見ると、こんな遠い日の事をスーっと思い出すのだ。随分昔の事なのに。

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